本気でやった青春は、一生オモロイ!

学生時代、一番「オモロイ!」と思った出来事は?
一番の「オモロイ!」は、やっぱり硬式野球部で仲間たちと本気で白球を追いかけた日々です。
主将として挑んだ春季大阪大会では、仲間とともにベスト8まで勝ち進むことができました。
もちろん、楽しいことばかりではありません。厳しい練習、思うような結果が出ない悔しさ、仲間との衝突。何度もしんどい思いをしました。
でも、振り返ってみれば、あれほど一つのことに夢中になり、仲間と笑い、悔しがり、同じ目標に向かって本気になれた時間こそ、最高に「オモロイ!」青春でした。
そして、その仲間たちとは今でも定期的に集まっています。
高校時代に出会った仲間が、何十年経っても仲間であり続ける。
これこそ、大高が私にくれた一生モノの財産です。
今の自分につながっている大高での学びや経験を教えてください
大高、そして硬式野球部で学んだのは、「苦しい時こそ逃げないこと」と「一人では大きなことは成し遂げられない」ということです。
厳しい練習に耐えて培った精神力、仲間と同じ目標に向かう中で身についた協調性、そして主将としてチームをまとめた経験。
それらは、社会に出た今も間違いなく自分の土台になっています。
仕事でも人生でも、思い通りにならないことはたくさんあります。そんな時、「あの練習を乗り越えたんやから、まだやれる」と思える自分がいます。
大高で流した汗も涙も、決して無駄ではありませんでした。
むしろ卒業して何年、何十年と経った今になって、その価値をより強く感じています。
あなたにとって大高とは?
「人生の土台をつくり、一生の仲間と出会わせてくれた場所」
高校生活は人生の中では、わずか数年間です。
でも、大高で出会った人、大高で経験したこと、大高で身につけた精神は、その後の人生をずっと支えてくれています。
だから私にとって大高は、単なる「母校」ではありません。
今の自分をつくってくれた、人生の原点です。
後輩へ伝えたいこと
皆さんに一番伝えたいのは、「時間は無限ではない。だから今を本気で生きてほしい」ということです。
高校生の頃は、明日も来年も、その先の人生も、ずっと続いていくように感じるかもしれません。
私もそうでした。
しかし、今でも集まる野球部の仲間の中には、残念ながら早くにこの世を去った仲間もいます。
だからこそ年齢を重ねた今、強く思います。
人生は思っているほど長くない。残された時間は無限ではなく、有限です。
だったら、やりたいことに挑戦してほしい。
失敗を恐れず、思い切り悔しがって、思い切り笑って、仲間を大切にしてほしい。
そして時々、自分自身に問いかけてください。
「限られた人生の中で、自分は何を成し遂げたいのか」
答えはすぐに見つからなくても構いません。
ただ、その問いを持って行動し続ければ、きっと人生は変わります。
大高には、皆さんの背中を押してくれる先生、仲間、そして100年にわたって先輩たちが築いてきた伝統があります。
思い切って挑戦してください。
本気で過ごした大高での時間は、必ず将来の自分を助けてくれます。
100周年へのメッセージ
大阪高校、創立100周年、本当におめでとうございます。
100年という歴史は、決して一朝一夕につくられたものではありません。
これまで大高に関わってこられた先生方、職員の皆さま、そして数え切れないほどの先輩方、一人ひとりの努力と想いがつながり、今の大阪高校があるのだと思います。
社会に出てからも、ふとしたご縁で「大阪高校出身です」という方に出会うことがあります。
そして嬉しいことに、そうした先輩や卒業生の皆さんが、それぞれの会社や社会の中で重要な役割を担い、輝いている姿を何度も目にしてきました。
同じ大高の卒業生として、本当に誇らしく思います。
これから社会へ羽ばたく後輩の皆さんにも、ぜひ胸を張って「大阪高校出身です」と言える人になってほしい。
そして、先輩たちが100年かけて築いてきた伝統を大切にしながらも、それを守るだけで終わらず、新しいことにどんどん挑戦してほしいと思います。
良いものは残す。変えるべきものは勇気を持って変える。そして、新しい歴史をつくる。
100周年はゴールではなく、新しい100年へのスタートです。
いつの日か、大阪だけではなく、日本中の誰もがその名を知るような、「日本一有名な高校」になってほしい。
卒業生の一人として、これからも大高を誇りに思い、ずっと応援しています。
次の100年も、大高らしく。
もっと熱く、もっとオモロく、もっと高く。
大阪高校のさらなる飛躍を、心から願っています。
本気でやった青春は、一生オモロイ!
坂東 征太郎さん
阪急阪神ビルマネジメント株式会社 勤務
大阪経済大学 進学
2006年度 普通科 卒業
大阪市立八阪中学校 出身

